「学校でこれからどんな勉強をすれば、自分のためになるのかなぁ?」
「方法の一つにクリティカルシンキングがあるよ。」
今から10年前の本なのに、ここに書かれていることにまだ日本の教育界が追いついていないことに本当に驚かされます。
そして、藤原さんの慧眼に驚かされます。例えば、不登校について学校以外の学ぶ場所について述べてあったり、学習の習慣のもつ強さについてもキチンと書かれてあります。
巻末にある「学校教育はこうあるべき」という文科省の見解に対する藤原さんの解釈は、まさにクリティカルシンキング(複眼思考)の一つの形です。
授業が一斉型の授業の限界を理解し、ディベートやロールプレイを中心にしたものの見方を多様化させるような取り組みを進めることが提案されてから10年の時間が過ぎているにも関わらず、まだ、このうねりが世の中に根付いていないことが残念です。
学校は、もっと、もっと変われます。
そして、その変化はきっとこの国を今よりも豊かにしてくれると信じられる一冊でした。
最近、手に取った一冊の本が私の視点を大きく変えるきっかけとなりました。
それは、なんと今から10年前に発表された本なのですが、未だに日本の教育界が追いついていない内容にとても驚かされました。
未だ進化途上の日本の教育体系、10年前の先見性ある本に学ぶ
その本の著者は、藤原和博さん。
藤田さんの洞察力には本当に感心してしまいます。
不登校や学校以外の学びの場についてのクリティカルな洞察、学習の習慣に潜む力に関する明晰な考察が、今の時点でもなお新鮮に映ります。
特に印象的だったのが、巻末に記された文科省の「学校教育はこうあるべき」という見解に対する藤原さんの解釈です。それはまさに複眼思考の一例と言えるでしょう。藤原さんは授業が一斉型であることの限界を理解し、ディベートやロールプレイなどを中心に据え、見方を多様化させる提案をしています。
重ねてにはなりますが、驚くべきことに、この提案がなされてから既に10年が経過しています。
しかし、それにもかかわらず、まだこの発想がよのなかに浸透していないのは残念です。
教育の世界において、新しいアプローチや考え方がなかなか受け入れられることは容易ではありませんが、これほどまでに時間が経過しても変化が遅いことは、我々が直面している大きな課題の一つと言えるでしょう。
日本が変革する可能性
学校教育のあり方が変わることで、社会全体がより豊かになる可能性を信じています。
この本は、その一冊と言えるでしょう。では、本書がどのような内容を提供しているのか、詳しく見ていきましょう。
まず、不登校についての考察が際立っています。
藤原さんは、学校以外の学びの場の存在を示し、学習環境の柔軟性が不登校児童にとって非常に有益であると説いています。
この視点は、今もなお進行中の議論として続いています。
さらに、学習の習慣に着目した章も印象的です。
藤原さんは、単なる知識の蓄積だけでなく、学習の習慣が個人の成長に与える影響に焦点を当てています。
これは、単なる試験勉強ではなく、知的好奇心を養い、問題解決能力を高めるために学び続ける姿勢が重要だという考え方です。
このアプローチが実践されることで、将来の社会に必要な能力を備えた人材が輩出されることでしょう。
そして、巻末に掲載された「学校教育はこうあるべき」という文科省の見解への藤さんの反応は非常に興味深いものでした。
複眼思考を活かし、一斉型の授業に頼らずに、ディベートやロールプレイを中心に据えることで、学生たちの能力を引き出す新しい学びのスタイルが提案されてありました。
まとめ
未来の教育がより良いものに向けて進化するためには、私たち一人一人がその変革を望み、支えることが必要です。
是非、この本を手に取り、その中に込められたメッセージを感じてみてください。
きっと、新しい視点として皆さんの目に映るんじゃないかなぁ。
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